2021/12/29
1794.
2021/12/15
1793.
虚しさ、そのなかでも強力な虚しさに襲われることがある。身体全体に眠気が襲ってくるみたいにどうすることもできないような虚しさ。
それはわたし、あるいはわたしたちの思いもよらない、全く別のところから湧き上がっているのかも知れない、そんな得体の知れない気配を感じる。対照的に充実した日々、考えることの、知ることの楽しさ、美しいものに触れる喜びたちがわたしを満たしていく日々、周りの人たちのおかげで快適な生活、それらは明らかに自分自身の内発的な感情である。わたしはあるとき「また赤児として生まれるならば」と考えたことがある。わたしは今でも思う、また自分がいい、また何度だって自分自身のように生きたいと。
それなのに、それなのにこの虚しさは。いったい、どこから来るのだろう。消えてしまいたいという抗い難いほど強い気持ち、自分とも、何者とも関わりたくないという抗い難いほど強い気持ち。もう一切の関わりを連絡を断ちたいと思ってしまう。もうそのように決断してしまう気持ちのはやり。
昨夜、わたしはこの底知れぬ虚しさに襲われ、その只中にいた。この強力なものの根源がわたしのなかのどこにあるのだろうか。これと付き合っていくには、わたしの心は脆弱が過ぎやしないだろうか。もしそれがわたしにとっての試練であるならば、ひどく不条理であるとさえ思う。いや、単なる眠気のようなものだと認めて過ごせばいい、そう思う自分も今はいる。本当に、そうできればいいのだけれど。世の中には、なにか救いがあると期待すると抜け出せなくなる穴のようなものがあるから。
2021/11/28
1792.
2021/11/03
1791.
2021/10/31
1790.
2021/10/30
2021/10/28
1788.
2021/10/24
1787.
昨日の土曜日で終業した。沖縄でいっしょにお仕事をしていた方に紹介してもらった知床漁村のお仕事。以前に帯広で牧畜のお仕事をしていたころにとてもつらい思いをしたから北海道のお仕事は今回も不安だった。でもその不安はお仕事するうちに早々と消えていった。それどころか少しずつ、本当に少しずつ楽しさを抱いて魚に触れている自分がいた。それは明らかに周りの人たちのおかげだと思う。手ぼっこのぼくをどうかしてよく接してくれたのだから。それよりも、なにがあってもいつも笑い声の絶えない暖かな雰囲気が北海道の端っこで吹く寒風や岸壁にぶつかる波のはげしさと対比されて際立って素敵だった。そういう何気ない人々の交流の時間がこの上なく貴重に感じられて、来てよかったと思えた。
2021/10/11
1786.
2021/10/10
1785.
2021/09/29
1784.
2021/09/02
1783.
2021/09/01
1782.
2021/08/31
1781.
2021/08/30
1780.
2021/08/27
1779.
2021/08/19
1778.
2021/08/18
1777.
あるタレントの差別発言が問題となっている。それは端的にいうと、自分にとって猫の命はホームレスや生活保護受給者よりも大事なものであるということ、そしてホームレスたちの命はそれに比べて軽いというものである。このような発言が差別的であると指摘され、インターネット上で騒動になった。この騒動に対して、当事者のタレントは謝罪と反論を行なったが、それによれば、どんな綺麗事を並べ立てても命には主観的で相対的な優劣があるという、そしてその価値基準に照らすと、猫の命はホームレスよりも大事であるという。そして、批難者の誰よりも、自分はホームレスや生活保護受給者に対して貢献を行なっている割合が高い。それゆえ、批難者の綺麗事は説得力に欠けるというわけだ。
現代社会において、多くは相対主義に依って判断しているように見える。価値観は相対的であり、人それぞれであるという考えが主流である。一方で、今回の問題のようにある一人の思考について、間違っていると指摘できるのは価値の相対性に基づいているのではあり得ない。なぜなら、ある命題は間違っているか正しいかのいずれかだからである。それが間違っているという指摘は、より間違っているとかより正しいということを一切含意しない。
あるタレントの発言は命を相対的価値観のもとで捉えていると考えてよい。価値観は人それぞれであるということ、そしてそれに基づくと自分にとって猫の生命はある社会的地位の人間ーホームレスや生活保護受給者ーよりも大切であるのだ。しかし多くの人間は人間の、その個々の命をなにものにも代え難いものとみなしている、すなわち人間の命に絶対的価値を与えている。誰であれ、いかなる人の命をも犯すべからず、といわれる。そうしてみると、この騒動は人間の命が相対的価値か絶対的価値かという問題として捉えることができる。ならば、自ずと答えが見えてくる(と私は思っている)。
当のタレントは猫の命が大切であることを説明するために、その比較対象としてホームレスや生活保護受給者を持ち出すべきでなかった。自分にとって、猫の命は大切であるというだけならば、誰もが理解しうる。身近な人間の命を他の誰よりも優先するという考えも理解できるだろう。しかし、ホームレスや生活保護受給者の命は軽いという判断は全く必要なかったのである。一方の命が重いという理由で、一方の命が軽いとはならない。それが人間の命が絶対的価値であるということの意味でもある。仮に私が災害に遭い、多くの被災者のなかで奇跡的に家族だけ助けることができたとしても、私は救うことができなかった多くの命に対して申し訳なく思うだろう。なぜなら、いかなる人間の命も大切だからである。
ところで、当のタレントの思考の錯誤についてこれ以上、指摘する意味はないだろう。ましてや憶測に基づくだけの批難など無益。彼の築いたキャリアをこの束の間の誤りのために台無しにする理由はいかなる人間も持っていない、と私は思うのだが。
2021/08/13
1776.
2021/08/10
1775.
2021/08/09
1774.
2021/08/08
1773.
炎暑の蝉が生を尽くして合唱する。積乱雲のいかめしい、思いを深く秘めた複雑な表情、空は鮮明に青々として輝いて。指に張り付く蟷螂と徒らに過ごした夢がよみがえる。栄えるものはいずれも朽ちる、生きた証を台風が持ち去ろうと、東の空を灰色に闇雲で染めてゆく。栄えるものは朽ち、ことばは若々しい色味を失うが、その心根は土塊の奥に沈みながらもなお、深く呼吸し続ける。
2021/08/02
1772.
2021/05/11
1771.
絆とか平和とか、こうしたことばたちを為政者やメディアが人々に向けて使うこと、甚だしくなったと感じる。大河ドラマの各々が太平の世を目指すと、わたしたちに向けて、口に出しては志半ばで死んでゆく。小学校の道徳の時間で覚えた曖昧模糊としたことばは成熟した個々のなかでこそいまさらに実るもの。そうして身についたことばが声となって、あるいは書体となって現れるとき、わたしたちの心は動く。現状、為政者のいうところの絆はただ彼らの本心を隠すところのすだれのようだ。
2021/03/16
1770.
2021/03/09
1769.
この島には鳥が多い。昼も朝も、四方で鳴く。夜はカエルの大合唱といっしょにフクロウが鳴く。ときどき得体の知れない、その姿体を想像しがたいほど図太い声で鳴くのもいて、ジャングルから聞こえるといっそう異様に思える。空を見上げると、ワシが飛んでいる。町ではクイナが歩きまわって可愛らしい。水田は白と黒のサギの寝床だ。散歩していると、いっせいに飛び立つ姿がうつくしい。
2021/03/08
1768.
2021/03/07
1767.
2021/03/05
2021/03/01
1765.
ひとつめ。わたしのような人間がこの世界のどこかにきっと存在していること。わたしのように悩んでいる人間が、きっと存在している。
ふたつめ。本気で人を好きになったことがわたしにあり、本気でわたしを好きになったことが誰かにあること。二つの経験がわたしをしずかに満たしている。
2021/02/25
1764.
2021/02/14
1763.
2021/02/12
1762.
天気の移り変わりが早く、昨日の嵐も嘘のよう。雲小さくたゆたう青空が目一杯に広がる。鳥たちが入り江を横切り、山へ向かって飛んでゆく。
風が春の装いをして吹けば、服がなびいて人影が踊る。この風にちょうど良い音楽を知っている。だからわたしはそれを聴きながら、堤防で仰向けになって空を見ていた。
2021/02/11
1761.
2021/02/10
1760.
2021/02/07
1759.
2021/02/03
1758.
2021/02/02
2021/02/01
1756.
2021/01/31
1755.
2021/01/30
1754.
2021/01/21
1753.
2021/01/20
2021/01/19
1751.
2021/01/17
1750.
2021/01/16
2021/01/10
1748.
彼方の国の幸福な老婦人と
同じ言葉を喋ることが
私にもできる
もう一度 新たに生まれて来ることが
できるならば
他の誰かでなく
私のような人生を過ごしたい
そしてまた一度だけでないならば
何度でも 何度でもそうしたい
そう思うだろう
私のような人間がいい
そう思う
四半世紀 私は生きた
たったそれほどの時間だけで
たとえ私のような阿呆であれ
私の最大の恵みが
人間として生まれたことであると
思いなすことができると知った
さて これらの言葉は
誰のものでもない
いずれこの世から
私がいなくなったとして
少なくとも誰かが
同じ言葉を綴るだろう
私はそのことを確信している
誰にも何も遺すことができず
これからも何も果たすことができぬことを
私は己の野心が滾る間にも予感する
考えてみるならば
私は自分の為すべきことを為すという
唯だ それだけなのである
それだけが私の人生なのであって
それだけで人間はよく生きる
万丈なる岸壁に
いずれこの身を削ろうとも私は
少なくとも同じ真理を
同じ言葉を綴るだろう
私はそのことを思う
強く とても強く
2021/01/05
1747.
明けましておめでとうございます。
こうして書こうとはじめるのもきっといろいろなことがはじまろうとしている、その徴表にちがいない。いろいろなこと、クリエイティビティによって発現するすべての活動が、短命のしるしを背負い、わたしの胸の奥で(自転車を漕ぎ続ける人のように濁った息をときどき吐き出しながら)春へ向かって胎動している。
今年の初詣に引いた御神籤は大吉だった。充実した正月を送った。束の間のしあわせ。きっとそれに相応しい嫌なことがおこるんだね、なんて思い至ったまま過ごすのもいまやむかし。わたしは自分の意志で偶然を支配しよう-近代西洋の啓蒙主義者が懐いた観念をそのままに-と欲している。


