2026/06/01

1827.

2026.6

F4の綿キャンバスにアクリル絵の具でステイニングを施し、その上からアクリル絵の具、油絵具で描画した。


風景を描くなら、こういう風にと決めている。写実的な風景は手も筆もいやがるので。

こういう風に、というのは景色の諸々の存在を面で表現するという抽象的でありながら、それでも具象性も見いだせるような、という意味で、Nicolas de StaëlとMilton Averyというお手本を参考にしている。

ただ今回はステイニングを行って、それを活かしたいと思ったので、彼らの作品にはみられないようなにじみやぼかしをいれて雰囲気を柔らかくした。柔らかくしたというより、柔らかくなった。そのなりゆきは自分らしいなって思う。

2026/05/25

1826.

わたしの書く日々には、烈しい時期と穏やかな時期が交互に訪れる。一年ぶりに書き始めたかと思えば毎日PCに向かったり、再開したその翌月には音沙汰がなくなったり。

書きたいことを用意して書くわけでなく、書くという行為そのものから、書くべき事柄が零れ落ちる。

たしかにそれは、たのしい。

それでも今、手は止まっていて、道理も、楽しさも、この指先を動かす理由にはならなかった。ただ、書いていないという事実だけが、さながらリビングのテーブルに置かれたコップのように日常に溶け込んでいる。

2026/03/30

1825.


梢のさき、ひとつ、またひとつ。ふりそそぐ光が、どこまでも重なっていく。根元に芽が出て、光がおちる。春だから、といって。

...。

春の、只中にいた。

ただ、生きていた。



2026/03/25

1824.

​ちょっと前までお散歩ソングをのんびり聴いていたのに、いまでは全然違う曲を聴いている。あるときここは音楽の大海原で、海流にのってさまざまな音色に漂着するのが心地良い。飽きるとかそういうのではなくて、追い風が吹くように、背中を後押しして音楽をさまざまに聴かせてくれる。

音楽は描画にも影響を与えるので、自然とわたしの絵は雰囲気を変える、ような気さえする。

海流にのっていく。

クラシック、ポップス、ロック、民謡、電子音楽、現代音楽、多様な分野を経て、果たしてたどり着くところが結局は馴染みのあるところなのも、音楽っておもしろい。

感性の向かうところ、まるで地平線の先があるかのように、まるで球体であるかのように、めぐりめぐって戻ってくる。




2026/03/21

1823.

​ニューヨークに住む91歳の画家のショートドキュメンタリーを観た。かっこいいなぁ。

そこまで長くは生きそうにもないけれど、わたしもこういう風に歳をとりたいな、と思う。年老いてなお、筆の行き先を探りながらも楽しいと思って絵を描いていたい。知見と経験を広げ、深めていく、そういうささやかな期待とともに描いて生きる。

わたしにとって心のポジティブとはどんなに深く闇に沈んでいても、そこに一筋の光を見ようとする人間の意志だ。

どんな失敗も、どれほど下手くそでも、死に至るものでなければ、それが未来の糧となればいい。

ときには億劫になる。見知らぬ場所へ行くのが怖くて引き返そうとするかもしれない。でも「今日一日だけチャンスをあげよう」と階段を上ってみようとする意志を決して見失わないように、生きていたいな。


2026/03/18

1822.

何があったというわけでもないが​休日前の勤務でどっと疲れたので、休日はのんびりと過ごすことにした。

午前を寝惚け眼で過ごしつつも、洗濯物を干したりご飯を炊いたり映画を観た。午後からお出かけ。玄関扉に差し込む春の日射がきれい。これまで食べたなかで最高級に美味しいクッキーを買いに焼菓子屋カルフへ歩いて行った。お店に着くと小さなお店に幾人かいて、お店のなかには入ったがゆっくりはしなかった。以前から食べたかったカカオのクッキー。これは帰ってからのことだが、食べてみたらとても美味しかった。それからレモンケーキもね。このお店のクッキーはどれも本当に美味しいので、こんど贈り物にしようかな、なんて。こぢんまりとした町の小さなお店はおよそ平日は閉めていることもあるから、平日にお店が開いているのはありがたいことだと思った。

クッキーを買い、しばらく喫茶で時間を過ごす。コンクリートの質感が剥き出しの今風な店内には、厨房を囲むカウンターとテーブル席がいくつか。春の彩りを思わせる野菜とレモンクリームのソース、そして白味噌の乗ったサーモン。今日の定食は、ひと口ごとに気持ちが解けていくような味がした。BGMには大橋トリオと手嶌葵の「真夜中のメリーゴーランド」が流れている。うん、うん、おいしい。咀嚼とともに、夜の静かな充足を噛み締めた。

よく食べたので、はじめてひとりで「はしご」なんていうものをやってみる。気になっていたポルトガル料理のお店へ。お酒だけでもだいじょうぶですか、とひとこと断りお店へ入るとお爺さんが一人だけ本を読んでいる世界にひとりお邪魔する。壁面にはさまざまな絵が飾られていた。

カイピリーニャという甘いカクテルを注文した。お腹もいっぱいだったおかげで、頭を打つような痛みも間接の痛みもなく、なにより驚くほど容易に喉を通った。最近は焼酎のロックも試してみたが、身体の反応は相変わらず鈍くとも、それでも素直に「おいしい」と思えるくらいには、味覚も大人になったらしい。お酒なんて、と思っていた子供の頃をふと思い出した。


はぁ、いいなぁ。はしごなんてやって。

年に数回あるかないかの一日かもしれないけれど、こういう日もなかなか楽しい。なによりも、美味しかったな。

おやすみなさい。


2026/03/17

1821.

​いま、大きなサイズのキャンバスに油彩絵具で絵を描いている。

大きなサイズとはいっても木炭紙とほとんど変わらないF15キャンバス。

大きなキャンバスに絵を描きたいと思って選んだものの、実は木炭紙と変わらないと知って、たしかに大きいが、まだ先は遥かにあるなと思った。

それでも、今までF6までしか描いてこなかった自分にとっては、ひとつの目標であったことは確かなので、完成が楽しみだ。


さて、実際に描いてみると、確かに画面が大きいのでさまざまな要素を入れ込むことができて楽しくも大変だ。F100になれば、なにか描きたいものや思いがあっても、キャンバスの目の前に立つと何を描けばいいのだろうという気持ちになるだろうか。

楽しさは限りなく、わたしは描きながら着想して、イメージを付け加えてみたり、試してみたりする(正直に言うと、描くまでに構想はぼんやりとしかなかった)。

テーマは構図。

構図という極めてクラシカルで基本的な観点を今なお追究する手前、その構図と意味を色を重ねるように着想を重ねて、多層構図をつくりたい。

できるかな。やってみよう。