2021/08/27

1779.

主体性がないと自分で自分をいう若い人によく出会う。自分の意見を持たず、自分で考え決断することがない、自分から他の人に頼みごとをすることもなく、相手の顔を伺い、仕事に従って、なにか趣味に没頭するわけでもなく、生きている。地方に限らず、都会でもそういう人に出会ったことがある。いずれの割合が多いか分からないけれど、女性的なひとに多いと思う、おだやかで、羽毛のようなやさしい印象を与える、そういう人。

主体性がないという人は、自分に自信がないのだと思う。相手の気持ちに心配りしすぎているのだと思う。自分自身の声をすなおに聞いていない、聞けていないのかもしれない。

私は、主体性のない人という特徴づけは洗練されていない認識だと思う。少なくとも20歳を越えているような人間で主体性のない人間はいない。誰しも、主体性をもっている、というのが私の考えだ。私だってときに主体性のない行動をする。だけど、私は主体性のない人ではありえない。


おだやかで、羽毛のようなやさしい印象を与える、そういう人でさえ、かならず心のなかで声が聞こえる。それを本音というのは俗だけど、良心というのも硬すぎる、心のなかの声、自分の気持ち。きっとそういうものをどんな人でも持っている。主体性がないという人は、自分の気持ちをなかなかすなおに受け入れられていないのだと思う。それがどんな些細な声であっても、自分自身の心の声を聞くこと、そしてそれに正直に応えること、そうして人は主体的に行動することができる。