ー 哲学の基本的な要請
前世紀、哲学は傲慢と批難された。哲学は人間の思索の世界と現実の日常的な世界の乖離を確実なものとしてしまったからだという。そこから哲学は、確かに日常やいわゆる経験世界との接点を追求することになった。しかし、哲学者は哲学的概念の生成を哲学者個々の感性に委ねることによって哲学を裏切ったといってよい。哲学は、改めて考え直されるべきである。
思考の世界、観念の世界と経験世界、外界とを結びつけるものは人間の脳である。外界から得た感覚及び認知情報を脳が処理することで、思考の世界が現象するという事実に注意しなければならない。このことを理解しなければ、いつまで経っても哲学は無益な概念を生成し続けることになる。観念の世界に広がりはない、もちろん始まりも。哲学や思想は客観的(物理的)に見れば人間の脳で生じる一つの事象に過ぎない。観念の世界に外界に適用すべき概念を用いるべきではない。これらは基本的な哲学の要請である。私たちは事実と向き合うべきである。なぜ、わけの分からないことを考え、無益な概念を生み出し、自らもそのことを認め、それが哲学だから仕方がないなどと嘯くのか。
哲学は常に理解できなければならないと私は思う。それは、哲学は常に解釈できるものでなければならないというのとは全く異なる。わけの分からないことを考えるということは、理解できないことを考えるということであり、それはただただ矛盾であるが、自分自身の知性の原則を無視していることにほかならない。哲学は、刻一刻と洗練される認識に対して、最適な概念(新しい概念の名前ではない)を生み出すことを要請する。