2021/02/01
1756.
二月になった。立春もすぐだ。鶯が鳴く。初音の時季は手の先に見える春の、心への到来を待ち遠しく思って、日が過ぎるのがほんの少し遅く感じる。振り返ると、早くもひと月が過ぎたという。不思議なことだ。
人類に避けられぬ破局があるように(その問題群はますます増えていくようにさえみえる)、個々の人間にも避けられぬ別れというものがある。
老いぬればさらぬ別れのありといへば
いよいよ見まくほしき君かな
と昔の人は歌っている。
わたしは出会いと別れの人生だと自分自身を運命づけていたが、自分の言動を反省すると、やっぱり人と別れるのはつらいことだと思っているところがある。しかも別れということばのなかで、死別の影はひどく薄い。死別は避けられない別れだけれど、わたしにとってはあまりに遠いことのように感じる。身近に人を亡くしてさえいても、今日挨拶をした人が明日死ぬということは想像しがたいものであるし、仮にことばで理解できたとしても、それを信じているとは到底言うことができない。出会いと別れが話題となればまた人は一期一会と言うけれど、それは会得しがたいことばのようにも思える。一期一会はいつも過去から思い出されることばであって、未来に向けられたことばではない、と。
でも、もし明日死ぬのだと(信じているのではなく)知っているのであれば。
人類の来るべき破局を人間の別れに置き換えるのは安易な思考にちがいないけれど、破局について書かれた本(『ありえないことが現実になるとき』)を読んで、ぷかぷかと思い浮かぶことがいくつかあった。死別はその、ひとつ。
今日は外気温が20℃を超えた。