この2年のあいだ、ちょうどコロナ禍の時代に私は恋心を燃やし続けていた。恋に敗れて散った心がひとつの季節が巡るたびに色を変えて、また新たな灯火を点ける。わたしは生真面目に人間を愛することしかできない。でもそれだってむずかしい、ね。
仕事に専念して出世したいといって一方的に別れを告げられたり、二人の時間をかさねてかさねたその頂きで、すでに交際相手がいることを告げられたり。涙と伴にこぼす彼女たちのことばは暗がりの喉奥から苦しそうに這いつくばって出てきて、それがとても人間らしくて愛おしいのだけれど、この2年のあいだ、だれひとりとして話し合うことすらままならなかった、それがわたしにはとてもつらい。
友人が交際していた職場の女性に友人の良いところを聞くと、その女性は「ちゃんと話し合えるところ」と応えていた。それなのに結局のところ、友人が一方的に別れたがって、交際関係が数ヶ月しか続かなかったのも二人の事情を知っていただけにかなしい。
話し合うことはむずかしいことだと思う。だれにでも言いづらいことがある。どんな受け入れる気概があると教えてもらっても、自分自身が引き金を引かない限り言えない。私も内心を他人に打ち明けるのが苦手だから。苦手だからこそ克服したいと努めているけれど。だけど、いちど親しくなった人間に心を閉ざされると心が痛む。
わたしの心はひどく疲れてしまっているけれど、わたしの心はまた、光を求めて自然と前に進むことができる。こういうことを言ってのけると、わたしは前からその点は変わっていないなと思う。わたしはやっぱり人生を、自分の人生を肯定的に生きている。