今月、今後の人生を左右する大きな選択に迫られる。
不思議と去年もそうだった。自分の将来のため、それとも自分のいまの感情のために。わたしは前者を選んだ。自分のことであれば判断も少しは容易くなるが、相手のことがさらに加わると、雑多な憶測ばかりがふくらんで進退きわまる思いする。それでも自分自身を前提に位置づけることによって考えやすくなった。それがわたしなりの自愛だと思って。
自分の選択を後悔しない。去年もそうだった。後悔しないように自分の判断を正当化する、その根拠を明らかに並べることで、後悔どころかわたしは光の差す方角に目を向けられる。
ことばも判断も曖昧に過ごすのは、豚の角煮を食べるときのように頭痛を伴う、受容れることはできても、わたしには合わない。