2019/07/12
2019/07/10
2019/07/09
2019/07/08
1731.2.
窓を開けると蝉が鳴く。朝はとりわけて、石つぶてのような蝉の鳴き声が聞こえて、石つぶてのような夏の日射しがやや重くて、やや痛い。
今週、ひどく雨が降った日のあとの木曜日、蝉の鳴き声をはじめて聞いた。夏だなぁ、夏かぁと思ってるうちに日曜日になった。
日曜日の今日も快晴だった。昼間はアパートで絵を描き、音楽を聴いた。民謡クルセイダーズは夏こそ似合う。阿波踊りの祭囃子や祝い目出度という祝い唄を聴くと、懐に響くものがある。同時に祭りを思う。夏だなぁ、夏かぁと思う。そうして音楽を聴いて、詩歌集を読み、夕方から外に出て街を歩いた。
白い夕空には、ほの赤い稜線が伸びていた。その景色に惹かれて写真を撮ったら、わたしが山と思ったものが実は雲だったとわかった。山をはるかに凌駕する大きな雲がきれいな稜線を模写していた。
それから帰宅して、これを書いているうちに時刻は十時を過ぎていた。本当は書きたいことがたくさんあって下書きがたまっているのだけれど、長々と書くのはよして、いざ早めの消燈。
おやすみなさいである。
1731.
2019/06/25
1730.2
雨が続くという予報だ。日毎ひと月にわかに雨が降るかずっと曇り空だった少しむかしを思い出す。ときどき降るなら心の方向転換にもなるが、いつ降るか分からないものと毎日付き合うのは気が滅入る。雨で頭蓋骨に一箇の陥没ができると、そこに水たまりができて穏やかでない。いまはまだ、寝ぼけまなこの梅雨の雨雲をほんの少しの情緒で迎えることができるけれど、生活のリズムを崩さないような心がまえが必要かもしれない。
六月も終わる。大学の講義も後半に入った。ひとりキーボードを静かに打ちながら資料を作っているわたしの姿をいつどこで知るのか、「がんばってるね。」と声をかけてくれたのが何人かいた。ありがとうと返して、そうして「がんばってね。」とお別れする。自分のことを気にかけてくれる人がいるなんて、うれしい。滅多にないことだ。こうしたことは言われてばかりだから、自分から相手に言う機会がもっとあっていいかもしれない。
1730.
蚊取線香の煙が充満して
窓から見える月が力なく沈んでゆく
社会制度も個人感情も抜きとって
骨だけを残した夜のために
わたしたちだけが泣いている
愛着が体から離れて
落ちたパンくずみたいに
目を光らせた山猫に食べられている
2019/06/19
1729.
2019/06/14
1728.
2019/05/22
1727.2.
自己紹介は苦手だ。
順序というものはときに美しさを感じさせることがあるけれど、はじめましての自己紹介でわたしはそれを忘れてしまう。わたしのたった一つの小さな口から多くのものがいっせいに出てこようとする。ちょうど満員電車のすべての乗客が「次は」自分が降りようとするのに似ている。人は矛盾に突き当たると思考を停止するが、それと同じようにわたしも五十音を口から垂らして、そのまま思考を停止する。伝えたいこと、たくさんあったのに。そうしてわたしは茫然として、頭のなかは渋滞したまま、自己紹介の順番がとなりの人に移るのをながめる。
そんなわたしは特に変わったところのないふつうの人間であるよりも、存在感が薄い。教室に入っても、誰も気づかない。逆にそういうところが好まれるのか、変わった人が近寄ってきて、おもしろそうにわたしを見る。いやいや、と口では遠慮しながらも、かまってくれてありがとうと思う。動物園の来客みたいに、彼や彼女らはガラス越しにわたしを観察して、満足したら手を振って帰っていく。さようなら、でもなんだか、ごめんなさいと思う。
存在感の希薄なわたしでも、たまに真面目で仕事のできる、成熟した人間に見られることがある。わたしがあるとき頼みごとをしたら、頼られて喜ばれたことがあった。わたしが言うことは、ただそれだけでなにか本当であるかのように思われたこともあった。真面目で、人に頼るよりも先に自分で解決する人間だと見なされることは意外なことだが、少なくはない。たしかにわたしは相談や頼みごとを滅多にしないが、それはどちらかというと迷惑をかけたくないとかそういう類いの理由のためで。
それに、わたしは頭の回転が遅い。どれくらい遅いかというと、高校生でも理解できそうな社会的なことがら、経済的なことがらをいまさらやっと理解するほどだ。そのころにはもう、周りは違ったものを見ている。それなのに、それでも、わたしはそこで立ち止まって問う。「理解するってなんだ?」
外見については、手足が細くて妙に長いのでエヴァンゲリヲン初号機とからかわれたことがあるが、たしかに似ていると思った。でも、わたしは手長足長という妖怪がお気に入りだ。ヴィレッジヴァンガードのブックコーナーで水木しげるの妖怪大図鑑という本を読んだとき、どこか血のめぐりが変わるような瞬間があった。それが手長足長だ。以来、手長足長がわたしのルーツかもしれないと、そう思っている。
心のほうも、とても繊細に構成されているように思う。絵を描いたり文章を書くと「繊細だね」と評価される。なんでもかんでも線が細いのはわたしの特徴かもしれない。でも鳥肌の立つような太い線も好きだ。ときに太い線は物理的な感動をもたらす。ちょうど、アンプの重低音が身体中の産毛という産毛を揺らすみたいに。
わたしの心のさらに奥には海がある。だいたいの事柄や出来事はそこへ運ばれ深く沈む。そうしてそれらを静かに受け入れてきた。どんなに複雑な事柄もそこで分解する、組み立てる、愛でる。怒りや悲しみが、喜びや幸せがそれを妨げるとしても、自然は流転し、ちょうど雨がやんで雲間から日の出るように、怒りや悲しみは自然と晴れ、ちょうど太陽が風と雨雲で隠れるように、喜びや幸せは自然と眠り、出来事はおよそ心の奥へと沈んでいく。
海といえば、残響のテロルというアニメの「誰か、海を。」という曲を好きでよく聴きます。
もしかしたら、一年後はいまこのように紹介したわたしではないかもしれない、とも思う。一年という単位で測ることのできるくらいには、自分の成長を年々感じている。
1727.
2019/05/06
1726.2
「人の話を聞く」ことはさまざまな場面において大切なことだと言われるが、わたしはそれがどういうことなのか分からなくなるときがある。二度や三度も同じような失敗をするのはわたしが「人の話を聞かない」からなのだろうか。前もって失敗を防ぐことができるような「人の話を聞く」仕方があるのだろうか。
人の話を聞くことのむずかしさを感じることがある。そのむずかしさは各人によって違って想像されるかもしれない。ある人は、彼は無学だから彼の話は疑わしいという風な自身の先入観によるむずかしさを想像し、またある人は、怒りの感情のせいで聞く耳を持つことができないように自分の感情によるむずかしさを想像するかもしれない。
実際のところ、人の話を聞くことはある意味で簡単だ。人の発する言葉は自然と耳に入るからだ。が、それを味見して咀嚼するのはむずかしい、ということかもしれない。
もしわたしがだれかの教え子だったら、師の教えを無心で受けとるくせにきっとなにも理解できそうにない。間違いを犯すことも、同じ間違いを繰り返すこともないと言える自信を、師の教えを聞くことによって持つことはないかもしれない。もし教えにただ従って日課をこなしていたら、空腹を満たすために水を飲むように、わたしはどこか虚しくなってしまう気がする。
そうではなくて、人の話を追体験するようであるならば、尊敬する師がわたしにそれを伝えたいと思ったように、わたしもだれかにそれを伝えたいと思うかもしれない。
実際、わたしの心のなかにあるだれかの言葉はどれもわたしの体験のなかにあって、体験と一緒になって現れる。芽が泥をかぶって日のもとに出てくるように、他者の言葉はいつもわたしの体験と一緒だ。
人の話を聞くことはときに時間のかかることなのかもしれない。本当にそうだとして、もしわたしがおこがましくもだれかになにかを説くならば、彼がその話の内容を自ら考えたり自ら体験するそのときまでじっと見守るほどの気概を持つのが良さそうだ。逆に、わたしがなにかを説かれたときには、やはり同じように急いで肯定したり否定したりしないように努めるのが良いかもしれない。少なくとも、なにかある話を聞いて、それに対して即座に判断しなければならないとか、それだけでその意味が理解されるということもありうるけれど、決してそれだけではないと思いもする。
「人の話を聞く」「人の言葉に耳をかたむける」といわれるとき、わたしはそれがどういうことなのかわからなくなるときがあるが、それはわたしだけなのだろうか。
「いいか、よく聞けよ」といわれて、人は耳に力を入れて聞くのだろうか。
2019/05/02
1726.
2019/04/28
1725.
そうするのも最近の出来事があってのことで、以前同じ講義を受けた子にとある研究会で再会できたのがどうも気に入ってしまいました。
きっといまでは身近な子の方でもいつかはなればなれになるうちに記憶がおぼろげとなって、私の方では地元の子に対するのと同じように回想する日が訪れるのでしょう。
だからといって、私以外の他の人間が忘れっぽいということはなく、おそらくはどこかで誰かが私のことをほんのちょっぴり思い出しているだろうと期待しているのです。そういう根拠は少なくともあって、それは私が連絡もせず、もはや連絡先すら残っていない人たちのことを名前と一緒にときどき思い出しているからです。
こう見えて、私は他人に対する過剰な関心を持っています。たとえば、私は街中の笑い声を非常に不愉快に感じます。それは自分のことを笑っているのではないかという反応を自然に起こしてしまうからです。このようすだから、たしかに私的な経験を根拠にすることは不安定なことですが、類推すれば、他人のことをふと思い出すようなことはそれほど特殊なことではないと思うのです。
しかし、邂逅のすぐとなりに別離を並べてしまうのは明らかに私の悪い癖で、この愚かな考えは中学校で祇園精舎の鐘の音を聞いたときからなにも変わっていないのです。
私はもしかして自分が他人の目を必要としていると、たとえ独立志向でもそうであると、考慮してみるべきなのかもしれない。
2019/04/21
1724.
親と親戚のあいだの憎しみの関係に巻き込まれた私は、ナイフを持って斬りかかろうとする人間を手元のナイフで刺せ、と指示された。そして、親戚がやってきた。そのうしろにナイフを持った少女がいた。親を守る思いで、というよりも目の前の人間がナイフを持ってこちらに向かってくることの恐怖から、私は少女に近づいた。彼女は手を振り上げた。彼女の瞳に迷いが見えた。この子は誰だろう。私の知った人間ではない。憎しみもない。愛情も友情も。頭のなかでは、ナイフが皮膚を突いたときの手の感触がシミュレートされた。私は少女の持っていたナイフをその手から離すことに成功した。憎しみもない、怒りも悲しみも。恐怖もいつか失われていた。しかし私はナイフを彼女の胸に突き刺すことができず、少女の腕を掴んだ。感触のシミュレーションが効いたのか、それは無理だった。人を殺めるなんてことをできるわけがない。
生の人間を自分の手で殺めるということは尋常ではないのだとわかった。殺人をしたあとに自分が行ったことを自覚することがあるらしい。それは殺気が尋常ではないことを示しているように思える。どんな感情が正気の人間を殺人へと駆り立てるのだろう。夢から醒めて、そう思った。きっとその感情は太鼓の叩き方というよりもスイッチの切り替え方を知っているのだろう。
また、私は16歳の女の子が自殺をした話を聞いた。どんな感情が自殺の実行へ駆り立てるのだろう。同じようなことをそこでも思った。
さらには、もし私が銃を持っていたら、爆撃機に乗っていたら、そうしたら私は人を撃っただろうか。
ときおり、私は殺気を持った人に自分が襲われる場面や自衛をする場面を妄想するが、そのうちのあるとき、身体に妙な力が入ることを自覚したり、頭に血がのぼるのを感覚する。きっとその自覚と同時に感情や運動は制御されるのであろう。が、私はまた、制御の向こう側について何か得体の知れない怖いものをも悟るのである。
2019/04/13
1723.
四季をめぐるように わたしの思考はけっきょく 土の匂いのする 決して変わることのない原風景 それが見える場所へと戻るのだ。
ラフマニノフの6手のための「ロマンス」が映しだす 懐かしく 情熱を駆り立てるような 恋しい恋しい景色の その奥向こうのコンクリートに 雨がひんやりと音を響かせているのだ。
2019/04/03
1722.
あなたのことばを受けてわたしはこうも感じるのだと、ただそれだけのことをさながら血管をじっと見つめるように自覚するだろう。
だから、気の済むまで言葉を吐き続けたらいい。言葉が尽きたら胃液を、胃液が尽きたらその臓器を吐き出せばいい。わたしはあなたをじっと見つめていたい。言葉が本当の無力を示すまでを。そして、わたしとあなただけが最後に残るときを、待っていたい。
2019/03/30
1721.
それは作品に付与される価値であって、上手い批評がSNSで流れるときのことを考えるといい。それが与える作品評価への影響力はきっと大きい。批評のなかでも批難が多くを占めるような場合に、それを知った人が作品を積極的に評価するよりは消極的に評価するということはありそうなことである。
作品がそれとして出来上がっている以上はきっと、そのなかに良いところを見つけることができると私は思っている。だからこそ、人によって好き、嫌いがあるといえるのであって、もしそうでなければ、誰かが悪いと評価した作品をそれにも関わらず好きだという人を見つけることはできないだろう。だけど、実際は評価の悪い作品に関して、その作品を好きだという人は少なからずいるもので、そして彼らは天邪鬼として評価が悪いという理由で逆に好きになるわけでもなさそうなのである。もしかすれば、作品に対するあまりの非難の多さに可哀想という同情心によって、何か応援のような心持ちである作品を好きになるということはあるかもしれないが、そうでなければ、ある作品を好きなある人はなぜその作品が好きなのかという理由を論理的にうまく書き出せるのではないだろうか。
作品はそれだけで「良い」ものだ、というべきかもしれない。とはいえ、その根拠は「頑張ってつくったから」などという過程に求める必要はなくて、作品そのものに、例えば作品の整合性に求めることはできる。もし整合性が欠けていれば、人はそれを作品とは見なさないだろう。
私が思うところは、作品を受けとる誰もがその作品の良いところを見つけるよう努力すべきだということではない。このことははっきりと言っておく必要があって、すべての人々が意識的に努力するというのはどんなことに対しても不可能に思えるから、そのようなことを啓蒙的指導者さながらに要求することはできないのである。
私が思うところでは、美学は「人それぞれ」ということによっては解決しない。多くの人が「あの作品はよかった」「何話のどこそこがよくなかった」といいながら、結局は「まあ人それぞれだよね」と落ち着くのは不思議でさえある。なにかと不満をぶちまけておきながら、いやその不満は「何によって満足するのか」を表してはおりません、というようなもので、「どうすればよかったの?」と尋ねられたならば「満足させてくれたらよかった」と答えるようなものだ。
ただし、多くの人々はそのような美学、「良い作品とは」を追求するような認識を持とうと思っていないだろうし、持つ必要すらないかもしれないというのが実際のところであるだろう。むしろ、多くは目の前の作品を「私を満足させてくれるもの」という程度にしか認識していないように思う。だからこそ、満足させてくれなかったものについては不満に執着するばかりで、ある場合には「手のひら返し」という芸を披露することになるのだ。たしかに作品が受けとる人の心を満足させるということは大切であるが、それこそ「人それぞれ」に終着するもので、作品の評価にとってはどうでもいいことだというのを自ら示しているのである。
他方で、駄作と呼ばれるものに高評価を見いだしたがる人がいて、彼がある駄作と呼ばれる作品をなんらかの理由で駄作ではないなどというときに、駄作と呼ばれる理由を考えることがないならば、それもまた酷く目立った額縁のように思える。その先でいかなる決着があるかといえば、それは「人それぞれ」ということになる。
私が人それぞれという言葉に聞き飽きて、さらにウンザリしているのは確かだが、その根底には作品はそれだけで「良い」ものだという認識がある。私は美学に関心を抱いているのであって、個人に関心を抱いているわけではない。
2019/03/22
1720.
私は記憶力が問題であるとは思えない。受験時、英単語は誰よりも知っていたから、少なくともふつうの記憶力は持っている。また、ゼロから思い出すことはむずかしいにしても、何かしらのやり方で思い出すことは可能だ。つまり、私は忘却しているわけではないかもしれない。
記憶の仕方に問題があるのか、あるいは思い出すときのその仕方に問題があるのか。もしかすれば、そうであるかもしれない。
それとも、私は空間把握について思いを巡らす必要があるだろうか。というのも、ある芸術作品について、その名を覚えていることは困難でも、その作品の所蔵館を覚えていることは私にとって容易いからだ。
名前は覚えていることがむずかしいのかもしれない。そもそも私たちは、名前によって二つのものが異なることを知っているよりもはるかに、二つのものが異なることをニュアンスによって知っているような気がする。しかし、ニュアンスによってものの異なることを知るならば、私たちはひどく個別的な区別をせざるを得ないのではないか。人がそれぞれの区別をもつならば、人々はコミュニケーションをとることがいかにして可能なのか。
このような考えは、ニュアンスがもつとされる偶有性に由来する。ニュアンスとは、人それぞれにとって異なる内容を意味し、かつそれを他人と共有することはできないものであるという。
しかし、私たちが共有するのはニュアンスではなくて、区別のほうだ。それゆえにこそ、私たちは区別をあらわす名前を覚えようとする。そして、ある場合にはニュアンスによってものの異なることを知らなくとも、名前を覚えるということがあるかもしれず、その場合にはなかなか覚えていられないだろう。
問題は、ニュアンスはたしかに多種多様でありうるが、それはどれだけ多様でありうるのか、ということである。私は多種多様の基には普遍的なものを想定するのであるが、ニュアンスもまた、私たちが思っているほどに多様ではないということはありそうだ。
2019/03/12
1719.
(私は特定の人間について述べているわけではない。憎しみを嫌う人間が決して憎しみを持たないなどということはないのと同じで、人はだれでも傍観者という存在者たりうるのである。)
2019/02/28
1718.
そういえば最近、「ジュリアン」というフランス映画を観た。ひさしぶりに良い映画を観た。秀作というと伝えたいことが紛れるけれど、でもそう呼ばれていたら、私もまた納得すると思う。静かな画面の奥に見える、深淵な緊張感はダンケルクを思い起こさせる。でも、結末は何にもまして心を震わせた。恐怖というのはたぶん死から推論されるようなものではないということを思った。それは推論に先行して生じるからである。
ちなみに私は父とほとんど話したことがなかった。気安く話しかけてはいけないと思っていたからだ。むかしの私は妄想癖が強かったから、リビングから聞こえる話し声はなにか私の悪口のように思えたりした。夜はいつ襲われてもいいように、うつ伏せになって寝ていたりもした。きっとお腹を刺されるよりはスムーズに死ねそうだと思ったからだ。これは私の気質だが、あるとき父が同じようなことを言うのを耳にしたとき、偶然に過ぎないにしても、強い結びつきを感じた。だからといって親密になることもなかった。たまに出てくる夢の中の父はよくしゃべるが、もし現実に目の前にいたら、今でも私は父と話すことをしないだろうと思う。
2019/02/13
1717.
1716.
誰も知らないこと。となりの研究室の人たちと恋話をしたのを思い出しながら、いま、感傷的な気持ちになっていること。ある人たちのなかから個人を特別に取り出すなどして、その人との思い出に耽ることもなく、心はぼんやりと人生の丘を登っていること。
誰も知らないこと。今日のニュースで同情心がひどく駆り立てられたこと。
2019/02/05
1715.
自分で考えないやつはきらいだ。ぼくは自分で考えている。そして、多くをまちがっている。燃費のわるい中古車みたいに。
でも本当はいまや、自分で考えることなしに生きることのできる、そしてそれがふつうの時代なのかもしれない。
2019/02/02
1714.
夜の陽気な性格。
死んじまってもいい。
みんな、幸せなうちにそうだといいなと思うだろう。
おれはいま、そんな気分だ。
陽気な音楽をひたすら注いで、
脳髄から炭酸がぽくぽくとはじけるうちに、
いまこそ溶けちまおうって思うのさ。
まあきっと、今夜限りの気分だ。おやすみ。
2019/01/08
1713.
あっという間だ。お正月もどこへ出かけることなく家に居た。たくさんの番組を見た。どれもこれも、おもしろかった。そして、自分の為体に驚いた。これは長く続かないと思ったが、どこか懐かしくさえある。テレビゲームに再びはまり込んだような熱さを身体中に感じ、冷たく締まった白い皮膚が赤くとろけていく。段々を登った軌跡などもなかった。気まぐれを装ったあの着ぐるみをまた被らなければいけないのかと瞑目し、私は真昼の午睡に耽った。
幸せとは何か。テレビの中でそう問われていた。
私は自分が死を心底で嫌がっているのだと感じている。欲求が死に対する感情に由来しているように思えるのだ。例えば、食への欲求は飢死に対する感情に依るかもしれない。何かを食べなければ、飢えてしまう。飢えは苦しみであり、いつそれがやってくるか分からない。そういって、腹を空かせることに怖れを抱いている。私は去年の師走にそれを強く認識した。ふだん買わないようなお菓子なども買って、無意識のうちに腹を空かせないようにしていた。酷く執着していたので、私は度々情けなく思った。が、年末年始に実家でたらふく食べさせてもらうと私の執着はすっかり消えてしまっていた。ああ、と私は思った、たとえ落伍者となってもご飯と寝床を与えてくれる人がいたならば、きっとそれは幸せにちがいない。彼はそれほどに善き人だったのだとも思える。いかなるときでも面倒を見てくれる人を知っているというのは幸せなことだ。なぜならその人のおかけで、どんなに危険が迫ろうとも、どんな危険に挑戦しようとも、生きられるからだ。幸せとは生きられることだ。私はそう思う。生きられることを支えるもの、生きられることのその可能性の根拠、それが心強く存在するとき、私は幸せだ。もしかすれば他の幸せがあり得るかもしれないが、生きられることには全然、およばないだろう。