夢をみた。
親と親戚のあいだの憎しみの関係に巻き込まれた私は、ナイフを持って斬りかかろうとする人間を手元のナイフで刺せ、と指示された。そして、親戚がやってきた。そのうしろにナイフを持った少女がいた。親を守る思いで、というよりも目の前の人間がナイフを持ってこちらに向かってくることの恐怖から、私は少女に近づいた。彼女は手を振り上げた。彼女の瞳に迷いが見えた。この子は誰だろう。私の知った人間ではない。憎しみもない。愛情も友情も。頭のなかでは、ナイフが皮膚を突いたときの手の感触がシミュレートされた。私は少女の持っていたナイフをその手から離すことに成功した。憎しみもない、怒りも悲しみも。恐怖もいつか失われていた。しかし私はナイフを彼女の胸に突き刺すことができず、少女の腕を掴んだ。感触のシミュレーションが効いたのか、それは無理だった。人を殺めるなんてことをできるわけがない。
生の人間を自分の手で殺めるということは尋常ではないのだとわかった。殺人をしたあとに自分が行ったことを自覚することがあるらしい。それは殺気が尋常ではないことを示しているように思える。どんな感情が正気の人間を殺人へと駆り立てるのだろう。夢から醒めて、そう思った。きっとその感情は太鼓の叩き方というよりもスイッチの切り替え方を知っているのだろう。
また、私は16歳の女の子が自殺をした話を聞いた。どんな感情が自殺の実行へ駆り立てるのだろう。同じようなことをそこでも思った。
さらには、もし私が銃を持っていたら、爆撃機に乗っていたら、そうしたら私は人を撃っただろうか。
ときおり、私は殺気を持った人に自分が襲われる場面や自衛をする場面を妄想するが、そのうちのあるとき、身体に妙な力が入ることを自覚したり、頭に血がのぼるのを感覚する。きっとその自覚と同時に感情や運動は制御されるのであろう。が、私はまた、制御の向こう側について何か得体の知れない怖いものをも悟るのである。