いろいろが終わった。2月はあっという間に過ぎた。きっと身体が疲れていて、今日はよく眠れると思う。本当はもっと周到にものごとに対処することができるのに、その「本当」ってなんのことだろうと思った。
そういえば最近、「ジュリアン」というフランス映画を観た。ひさしぶりに良い映画を観た。秀作というと伝えたいことが紛れるけれど、でもそう呼ばれていたら、私もまた納得すると思う。静かな画面の奥に見える、深淵な緊張感はダンケルクを思い起こさせる。でも、結末は何にもまして心を震わせた。恐怖というのはたぶん死から推論されるようなものではないということを思った。それは推論に先行して生じるからである。
ちなみに私は父とほとんど話したことがなかった。気安く話しかけてはいけないと思っていたからだ。むかしの私は妄想癖が強かったから、リビングから聞こえる話し声はなにか私の悪口のように思えたりした。夜はいつ襲われてもいいように、うつ伏せになって寝ていたりもした。きっとお腹を刺されるよりはスムーズに死ねそうだと思ったからだ。これは私の気質だが、あるとき父が同じようなことを言うのを耳にしたとき、偶然に過ぎないにしても、強い結びつきを感じた。だからといって親密になることもなかった。たまに出てくる夢の中の父はよくしゃべるが、もし現実に目の前にいたら、今でも私は父と話すことをしないだろうと思う。