2019/02/05

1715.

お気に入りのコートを着て街を歩いて、待ち合わせの最中にいきかう人たちを眺めていると、あたまが呆然としてたまらない。子どものころから、ねぼけまなこで人を黒板を見ていたけれど、いまもまだ夢うつつのまま、理性は立派にはたらくけれど、生きることを思い出しては忘れ、目をつむってしまう。風向きがよければ、ぼくもあたまの歯車を動かすこともできるのに。だからといって、風になんの期待をしたらいいのか、知るはずもなく。

自分で考えないやつはきらいだ。ぼくは自分で考えている。そして、多くをまちがっている。燃費のわるい中古車みたいに。


でも本当はいまや、自分で考えることなしに生きることのできる、そしてそれがふつうの時代なのかもしれない。