2021/03/16

1770.

昨夜、静かにひらかれた市子さんのインスタライブ、とてもすてきでした。そして、しあわせ。思い出すだけでもうれしくってたまらない。
わがままに「羊のアンソニー」という曲をリクエストしたら歌ってくださったのも、きっとあの静かな時間帯だったからかもしれない。ほんとにほんとに、ありがたく、しあわせでこころがあふれそうになる。「自分」から解き放たれて、自由になれる。
ときどき、歌のたまごたちが彼女の声の光に照らされて現れる時間があって、それもまた、お気に入り。

市子さんの声を、息づかいを聴く。楽器の音色を聴く、せかいの音を聴く。
そうすると、こころの深層から原質を抱いたしあわせが目を醒まして、ちょうど春に芽の出るように、ぽっとこの世に生まれでる。

2021/03/09

1769.


この島には鳥が多い。昼も朝も、四方で鳴く。夜はカエルの大合唱といっしょにフクロウが鳴く。ときどき得体の知れない、その姿体を想像しがたいほど図太い声で鳴くのもいて、ジャングルから聞こえるといっそう異様に思える。空を見上げると、ワシが飛んでいる。町ではクイナが歩きまわって可愛らしい。水田は白と黒のサギの寝床だ。散歩していると、いっせいに飛び立つ姿がうつくしい。
どこを歩いても鳥たちが飛んだり歌ったりして、それがたのしい。この島にそれだけ多種多様な鳥たちが生息して、遠国からさまざまなありがたき恵みを、世のおもしろきをはこんでくる。


2021/03/08

1768.

フェリシモから送られてくるメールに今週の星模様と題されたのがある。ふたご座の今週の行方を占ってくれる。毎週楽しみにしているわけでないけれど、読んでみるとポジティブなことがいつも書かれてあって、気が前向きに和んでゆく。あたたかな風、のような、そういうおくりものに思わず涙を流したくもなる。あたたかな風が魂に呼応するのを感じる。この服を脱げば、わたしも。


去年も今年の冬も、好きなことや好きじゃないことが混ざりあって、渦巻いて、過ぎていった。思いどおりにいくこともあるけれど、それはどうかしてわたしの無意識のなかへ溶け込んでしまう。思いどおりにいかないことだけが意識の皮相に針のように刺さって流れようとしない。それで、気が落ち込む。わたしの気持ちをふたたび底からふわっと高めてくれるのは、もちろん身近な人情や遠くからのたよりもそうだけれど、ときにはわたしとはまったく関係なく流れる音楽だったり、そしてあたたかな風だったり、する。

2021/03/07

1767.

海にきらめく光は、曇天を貫いてやってきた。
ちいさな風と波のさなかでたわむれる。
雨は降らない。まだ。
光たちがそのひとときを充たすまで。
光たちがまた別の時間を見つけて去るまでは。

港の堤防を歩き、その端。
からだを大きくひろげて寝そべった。
わずかな冷んやりとした風が頬をなでる。
目を瞑る。
息を吐く。
時空の深淵へからだが還ってゆく。
そんな気がする。

2021/03/05

1766.

注がれて水の弾く音が良い。
注がれて音を鳴らさぬ水もまた、良い。

2021/03/01

1765.

ふたつ、思い出したことがある。


ひとつめ。わたしのような人間がこの世界のどこかにきっと存在していること。わたしのように悩んでいる人間が、きっと存在している。


ふたつめ。本気で人を好きになったことがわたしにあり、本気でわたしを好きになったことが誰かにあること。二つの経験がわたしをしずかに満たしている。