2018/08/04

1687.

ある部分で見れば病的であるようなことが私のなかにも潜在している。例えば多動性、ロッキング、同一性の拘り、予定外のことに対する不快感や妄想といったものだ。自閉症とも結びつくことがらがドライアイスのけむりのように生活の深部で漂っている。自他平生の内部で渦巻く物之怪はまた別の病的なほどに強力な作用によって抑えられていると考えていいのかしれない。そうした別の作用は、例えば自分を守るために嘘をつくような場合に垣間見ることができる。それがどうであれ少なくとも、超現実なものどもの内的な共生に反して、いやむしろそれらの均衡に因って私の外見はかなり落ち着いているといっていい。(私は昔からおとなしいとか落ち着いていると言われてきた。)
 衝動性は一般に外見において顕著であるけれど、その効果が目に見えるとも限らないと思う。例えば私は次のことがらが苦手だ。予定があること。予定や計画を実行すること。他者の指示どおりになにかを行うこと。友人がこの日に映画を観ようと言ってくれたとして、私はその時点では特に何も思わない。というと嘘になる。やはり予定が決まるということは苦手なのだ。それとて断る理由もなければ、内容如何によっては観に行きたいとも思う。でもとうとう時が迫る頃になれば、嘘でもついて予定を破棄しようかと思うほど嫌気がさしたりする。心情の左様な過程をほとんどいつも辿っていて、このところ数年は無視していたつもりであったが、予定に対して嫌気を感じるのは衝動性を原因としているのかと気になった。もしそうであれば、自分で思っている以上に私は衝動的なのかもしれない。