特にインターネットの世界では、この傾向がより強くなる。顔も素性も知らない相手とやり取りする場では、相手の客観的な特徴をつかむのが難しい。だから他人は、主観的で、時に得体の知れない存在として現れやすい。価値観の違う誰かを、簡単に「分かり合えない人」として切り捨ててしまうのも、そんな背景があるのだと思う。対話の可能性は閉ざされ、ただの無理解だけが残る。
一方で、私自身も矛盾を抱えている。「人と関わると疲れるくせに、結局また人を求めてしまうのは、孤独が怖いからでは?」と自問する。SNSを開き、誰かとの繋がりを探してしまう。本当は一人でいる静けさも嫌いじゃないのに、心の奥で孤独を恐れているからなのか。
気疲れと孤独への恐れ。その間を行ったり来たりするアンビバレントな感情こそ、人間関係の核心なのかもしれない。